宇都宮地方裁判所 昭和52年(レ)11号 判決 1979年6月20日
控訴人 金精川漁業生産組合
右代表者理事 相馬助治
右訴訟代理人弁護士 大貫正一
同 米田軍平
被控訴人 山縣有徳
右訴訟代理人弁護士 我妻源二郎
同 松井宣彦
同 濱田正夫
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 原判決主文第一項は、被控訴人の訴の一部取下により、次のとおり変更された。
控訴人は、被控訴人に対し、別紙第二目録記載の建物を収去し、同第一目録記載の土地を明渡せ。
三 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一双方の申立
一 控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、
二 被控訴人は、主文第一及び第三項同旨の判決を求めた(被控訴人は、当審において、明渡を求める土地部分に関し訴の一部を取下げた。)。
第二双方の主張
一 被控訴人の請求原因
1 被控訴人の先代訴外山縣有信(以下、有信という。)は、昭和四四年三月控訴人に対し、別紙第一目録記載の土地(以下、本件土地という。)を含む矢板市大字下伊佐野九七六番地山林四〇三〇坪(実測面積)(以下、本件借地という。)を次の約定にて賃貸した(以下、本件賃貸借という。)。
(一) 使用目的 鱒養殖場のため。
(二) 賃料 別に定める規定により、毎年末に賃料を支払わなければならない。但し、貸主の認定により、当分賃料を徴収しないこととする。
(三) 賃貸期間 一年毎に更新するものとする。
2 有信は、昭和四九年七月二二日死亡し、被控訴人が、本件賃貸借における賃貸人の地位を承継した。
3 被控訴人は、控訴人に対し、昭和五〇年五月二六日付内容証明郵便をもって本件賃貸借を解約する旨の意思表示をなし、右意思表示は、同月二八日控訴人に到達したから、法定期間の経過により(民法六一九条一項、六一七条一項一号)、昭和五一年五月二八日の経過をもって、本件賃貸借は終了した。
4 控訴人は、本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下、本件建物という。)を所有して本件土地を占有している。
5 よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件建物を収去し、本件土地を明渡すことを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1のうち、使用目的の点(後述する。)を除き、その余は認める。
同2は認める。
同3のうち、本件賃貸借の終了の点は争うが、その余は認める。
同4は認める。
同5は争う。
三 控訴人の抗弁
1 本件賃貸借に基づく控訴人の賃借権は、借地法第一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」ものであるから、同法二条一項により、その存続期間は三〇年であり、したがって本件賃貸借は終了していない。
(一) 借地法一条は、単に専ら建物所有を目的とする借地契約についてのみ適用されると解すべきではなく、建物所有の目的及びこれと不可分の関係にある他の目的が併存する借地契約にも適用があると解すべきである。
(二) 本件賃貸借は、控訴人が行う観光のための養鱒販売事業及びそのために必要不可欠な建物所有を目的として締結されたものである。すなわち、
(1) 控訴人は、本件土地の近くを流れる金精川の清流を利用し、虹鱒の養殖と販売(主として観光客を相手とする。)の事業を行うため、水産業協同組合法に基づいて設立された組合であって、昭和三九年二月二四日その設立登記を経由した。
(2) 控訴人の営む鱒の養殖とその観光販売事業は、当初から、矢板市北方の僻地山村の農業者である控訴人の組合員らが、幾分でも農外兼業収入の確保と生活向上とを図る手段として考案し、協力して実行したものである。そして右事業を遂行するためには、所要の養鱒施設を設けると共に、多少なりとも収入の増加を図り、主として観光客を顧客とする生産者直売方式を計画し、これに必要な建物を所有する用地を確保することを要するので、控訴人組合の設立発起人訴外五味渕茂ら有志は、組合設立の準備中である昭和三八年九月頃、当時矢板市長であった有信と交渉し、同氏の賛同を得て、本件土地を借用することになった。
(3) その後控訴人は、おおむね本件土地内に、別紙第三目録記載のとおり、施設を建設し、建物を建築した(以下、これらを合せて本件施設という。)のであるが、かように控訴人が、鱒の生産施設として、養殖池、鱒卵のふ化場、管理人事務所等の所有確保を要するのは当然であり、又鱒の観光販売施設として、つり堀は勿論のこと、観光客専用の食堂、便所、特別調理室等の建物所有を必要とすることも当然である。
(4) 本件賃貸借には、「賃借人が本件借地内に特別の施設をなす場合には、予め賃貸人の了解を受けなければならない。」との条項があるが、控訴人は、本件施設を設けるについて、常に有信の事前承諾を得ていたもので、有信は、右建設に対し一度も異議苦情をいわず、却って控訴人の稼働状況を見て激励していた位である。
(5) 控訴人は、本件賃貸借が借地法の適用のある長期安定の契約として締結したのである。若し被控訴人主張のように、本件賃貸借が、予告期間一年で解約されるような不安定なものであれば、資力の乏しい過疎農業者らが、多額の借入債務を負担して、長期耐用の本件施設を建設する筈がない。
2 仮りに右1が理由がないとしても、本件賃貸借の期間が満了していない。
(一) 本件賃貸借の賃貸期間として、一年毎に更新するものとする、とある条項は無効である。
(二) そして、賃貸期間の定めがどのようなものであるかは、契約に表われた文言を形式的にみるだけでなく、契約の内容、目的等から当事者の意思を合理的に解釈して判断すべきものである。
本件賃貸借が、鱒の養殖及び来場観光客に対する鱒の販売、つり堀等の事業を営むための養殖池、稚魚池、つり堀、食堂等の設置、建築を目的とするものであることは明らかであり、本件施設がそれぞれ別紙第三目録記載の耐用年数を有するものであることは、有信が熟知のうえ、同人の要請、賛同、了承のもとに設けられたものである。したがって、本件賃貸借の期間は、つり堀池(別紙第三目録番号五)が建設された昭和四四年九月からその耐用年数である四〇年、そこで民法六〇四条一項により二〇年、であると解すべきである。
3 仮りに右1、2のいずれも理由がないとしても、被控訴人の本訴請求は、権利の濫用であって失当である。
(一) 本件賃貸借の成立、本件施設の建設の経緯は、右1、2に主張したとおりであり、控訴人及び組合員は勿論、有信自身も、相当長期間(少なくとも右2の期間)本件賃貸借は存続するものと確認していたものである。そうであるからこそ、控訴人及び組合員は、莫大な資金を投入して長期の耐用年数を有する本件施設を設置、建築し、かつ、矢板市(同市は、有信がその死亡まで市長をしていた。)が、昭和三九年から現在に至るまで、控訴人の事業に補助金を交付してきたのである。
(二) 一方、被控訴人は、本件土地を含む数百町歩の広大な土地を所有し、右土地は、元国有であったものを明治政府から廉価で払下を受けたものであり、額に汗して取得したものではない。
さらに、被控訴人は、本件土地付近で家具類の製作等を営む旨主張するが、右主張は、(1)本件土地付近に右家具類の原材料になりうる立木がないこと、(2)金精川の水を利用してこれを汚染することは、下流農民等に公害を及ぼし、到底できることではないことからみても、机上の空論に過ぎない。
(三) 若し、被控訴人の本訴請求が認容されることになると、控訴人の営む事業は、直ちに崩壊し、控訴人の存続すら不可能になり、控訴人の従来の努力は、一挙にして水泡に帰する結果となることは明らかである。
四 抗弁に対する被控訴人の主張
1 本件賃貸借には借地法の適用はない。
(一) 借地法は、同法一条が明定するように「建物ノ所有ヲ目的トスル」土地の賃貸借に限って適用されるのである。ここに建物の「所有ヲ目的トスル」とは、借地人の借地使用の主たる目的が建物の所有である場合を指し、建物所有以外の事業のために土地を借りた場合は、たとい付属の事務所、倉庫等の建物を建てることの承諾を得ていたとしても、借地法の適用はない。
(二)(1) 控訴人は、鱒の養殖事業を目的として設立された組合である。本件賃貸借は、本件土地を、そうした控訴人の鱒養殖場として使用する目的で締結されたものであって、建物所有を目的として締結されたものではない。
(2) 有信は、五味渕茂から、近所の農家の人達を誘って養鱒場を開きたいから、本件土地付近を貸して欲しい旨の申出を受け、昭和三八年九月頃これを承諾したが、当初、控訴人は、育てた鱒を日光の金谷ホテルや宇都宮の料亭などに販売して養鱒事業を行っていたのである。そして、請求原因のとおり、有信は、昭和四四年三月控訴人と本件賃貸借を締結したが、次第に養鱒場脇の私道(林道)が広くなり、高度成長の波に乗ってマイカー族も増加してきたので、現在のような飲食を兼業する養鱒場のような形をとるようになったものであり、観光目的というのは、付随の目的に過ぎない。
なお、控訴人が建物を建築する際、有信の事前承諾を得ていたとの主張は否認する。
(3) 本件借地の地目は、山林であって、その現況も、明渡を求めている本件土地を除いて、すべて山林である。そして、本件借地の実測面積が四、〇三〇坪(約一三、四四七平方メートル)であるのに対し、別紙第二目録の建物の床面積の合計は、約一八八平方メートルであり、本件借地の面積の僅か一パーセントに過ぎない。
2 本件賃貸借の期間が満了していないとの主張は失当である。
(一) 控訴人主張の条項は、一年毎に更新拒絶、解約権を留保したものであり、勿論有効である。本件賃貸借の契約書の作成経過をみるに、控訴人代表者相馬助治と有信とが数回にわたり慎重に協議を重ね、まず相馬助治が原案を作成したが、この原案の第五項には「本契約の更新は特に地代無料の趣旨にかんがみ一年毎にこれを行うものとする。」とあり、これに基づいて前記契約書が作成されたのであって、かかる事実によれば、契約当事者の意思を合理的に解釈すれば、賃貸人が本件土地を必要とするときは、賃借人は、いつでもこれを明渡し、賃貸借を終了させる趣旨であったと解すべきである。とすれば、本件賃貸借は、少なくとも、期間の定めのない民法上の賃貸借契約であると解すべきである。
(二) 控訴人は、その主張する期間の起算点を昭和四四年九月とするが、何の根拠もないことである。
3 控訴人の権利濫用の主張は失当である。
(一) 被控訴人は、本件土地につき自己使用の必要がある。
有信は、昭和四八年秋頃から、訴外イケヤ日本株式会社の桐山社長との間でスカンジナビアン・ビレッジ計画なるものを相談し立案したが、右計画は、スエーデン側と日本側(イケヤ日本株式会社)の共同出資で推進し、本件借地付近の樹木を素材として利用しつつ、スカンジナビアと日本との木工デザインの交流を図り、日本における新鮮な家具類の製作、販売の研究、研修の基地としての役割を果たすことが主たる目的であり、併せて国際的友好的人間関係を創ることを従たる目的とするものである。有信の死亡後、その妻訴外山縣睦、その子被控訴人及び訴外山縣由紀子らは、有信の遺志を継いで、さらに右計画を立案推進しており、右計画に基づく北欧式木工研究所を建設することを考えているが、そのためには、素材の供出可能な山林で囲まれた自然と水資源とが絶対に必要な条件であるため、本件土地が最適であり、被控訴人は、右研究所建設のため本件土地を使用する必要がある。
又、被控訴人及び山縣睦は、本件土地付近の山縣農場で栃木産業株式会社という会社を経営し、森林事業を営んでいるが、その事業の一環として、小経木処理場を設ける計画があり、そのためにも本件土地を使用したい。
(二) 本件土地に養鱒場があることによって種々障害が生じている。
控訴人が本件土地の使用をはじめた昭和三八年頃からすでに十数年を経て社会情勢も全く変り、マイカー族が増えて車の出入が多くなり、その結果、種々の障害が生じている。
すなわち、養鱒場に来る客らが、ゴミを捨てる、植物、石などを無断で採取する、林道を壊す、焚火をする(山火事発生の危険)などのほか、右客らの車が林道(私道)を幅一杯にふさぎ、前記栃木産業株式会社の労務者送迎の車や木材運搬のトラックの通行を妨げている。
(三) 控訴人は、水産業協同組合法に基づいて設立された漁業生産組合であるが、その実体をみると、同法七九条、八〇条、八一条、八二条二項の諸規定に違反しており、かような控訴人に対し、これ以上本件借地を貸与することはできない。
(四) 被控訴人側は、全く好意的な気持から、控訴人に対し、賃料を徴収することもなく、権利金も受け取らず、今日まで十数年間という長期間にわたって本件土地を使わせてきたのである。控訴人は、この間、右のような恩恵に浴するほか、有信の配慮によって、矢板市から補助金の交付を受けるなどして、今日まで十分の収益を挙げ、投下資本も回収するに至っているのである。
第三証拠関係《省略》
理由
一 被控訴人の請求原因は、1のうち使用目的が鱒養殖場のためであることを及び3のうち本件賃貸借が終了したことを除き、その余は、当事者間に争いがない。
二 控訴人の、本件賃貸借には借地法の適用があるとの主張について。
1 借地法一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」とは、借地人の借地使用の主たる目的が、その地上に建物を築造し、これを所有することにある場合を指し、借地人がその地上に建物を築造し、所有しようとする場合であっても、それが借地使用の主たる目的ではなく、その従たる目的に過ぎないときは、右に該当しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年(オ)第二九三号、同年一二月五日第三小法廷判決、民集二一巻一〇号二五四五頁参照)。
《証拠省略》を総合すれば、有信は、昭和三八年二月の矢板市長選挙に立候補し、現職市長を僅少の差で破って当選したが、この当選は、民社党の支持によるところが大きく、当時、同党の矢板支部長をしていたのが五味渕茂であったことが認められる。そして、《証拠省略》を総合すれば、いわゆる山縣農場の一部をなす本件土地付近は、旧東京電力株式会社の金精川発電所及び社宅の跡地であるが、右市長選の前後にわたり、矢板市北方の八方ヶ原高原などの観光開発が話題になった際、本件土地付近が金精川の清流及び地形などの点から鱒の養殖を行うのに適していることが注目され、これが実現を図るため、右五味渕茂ほか五名が発起人となって金精川漁業生産組合(控訴人)を設立する運びとなり、一方、矢板市長となった有信も、地域の開発、付近農民の福祉などに役立つとして、かねて右計画の趣旨に賛同していたが、右五味渕らから、本件土地付近を鱒の養殖場とするため、賃借使用したい旨の申出を受け、昭和三八年九月右賃貸することを承諾したこと、控訴人は、同年一二月二四日栃木縣知事から設立の認可を受け、昭和三九年二月一四日設立登記を経由し、右土地の使用を開始したが、当時、有信と五味渕茂らとの間柄は親子にも類するものであったため、借地の範囲、期間、賃料などについて明確な定めがなされず、右契約も書面化されないまま数年を経過したことが認められる。
右認定事実によれば、控訴人は、右土地の付近に金精川の清流が流れていること及び地形などによって、右土地が鱒の養殖を行うのに適していることに着目した結果、右土地を鱒の養殖のために使用することを考えたのであって、控訴人が右土地を使用する主たる目的は、右土地の大部分に鱒の養成池、稚魚池を設け(《証拠省略》)、右土地自体を鱒の養殖場として直接利用するにあったものとみるべきである。
2 被控訴人は、本件賃貸借は、昭和四四年三月締結されたと主張している。《証拠省略》を総合すれば、昭和四三年八月控訴人の理事長が交替した頃から、控訴人の内部において、これまでの土地の賃貸借について契約書を取り交わした方がよいとの意見が出て、控訴人側と有信との間で数回協議を重ねたのち、まず控訴人側において契約書の原案を作成し、次に有信がこれに一部手を加えて訂正し、これに基づいて控訴人側が清書して、昭和四四年三月土地貸借契約書が作成されるに至ったこと、右契約書には、目的土地、賃料、賃貸期間について、請求原因のとおりの条項が含まれていることが認められる。
右事実によれば、本件賃貸借は、昭和三八年九月に締結された前記賃貸借契約と別個のものではなく、これと同一性を維持するもので、たださきになされた賃貸借契約の内容(但し、期間の点は後述する。)を明確ならしめたものとみるのが相当である。したがって、本件賃貸借において、借地人の借地使用の主たる目的は、鱒の養殖場として使用するにあることに変りなく、建物所有のためではないというべきである。前記契約書の原案に「漁業の生産能率を挙げるため借地内に適切な施設をなし」とか「養殖に直接必要な諸設備及施設等」という文言があり、鱒の生産に重点を置いているようにみられることは、右書面が原案に過ぎないものであるにせよ、それが、双方の協議ののちに書かれたという経過に照らすとき、主たる目的が鱒の養殖にあったことを窺うに足る一資料になるものであり、前記乙第三号証に「鱒の養殖場について借地の所有者たる山縣有信氏との間に於て土地貸借契約書を作成したのは」とある文言も右と同様の資料になるものと解される。
3 控訴人は、その設立の当初から観光のため鱒の養殖と養殖した鱒の主として観光客に対する販売を事業目的としており、本件賃貸借は、右事業のために必要不可欠な建物所有をも目的として締結されたものであると主張するが、採用することができない。その理由は、前述のほか、次のとおりである。
(一) 《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和三九年二月本件土地に管理人事務所兼宿舎一棟を建築し、同四〇年三月旧東京電力株式会社の発電機械置場の建物一棟の払下を受け、同四二年二月同建物にふ化場の設備を施したことが認められるが、これらの建物所有は、鱒の養殖事業に付随して必要なものに過ぎず、本件賃貸借の主たる目的ということはできない。
(二) 《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和四一年末頃までは生産した鱒を主として川治、鬼怒川、塩原、日光等の旅館、飲食店に販売するなど出荷してさばいていたこと、昭和四二、三年頃から本件土地を訪れる観光客が次第に増加し、これら観光客にも鱒を調理し販売するようになったことが認められる。証人寺師秀郎(当審)、控訴人代表者(当審)は、事業のはじめから来訪する客に食べさせるのが目的であったと供述しているが、《証拠省略》と対比し措信することができない。
(三) 《証拠省略》を総合すれば、前認定のとおり、本件土地を訪れる観光客が増加するにつれて、これら観光客にも鱒を調理して販売するため、有信の承諾を得て、別紙第三目録記載の番号四、六、八ないし一〇の「物件」及び「取得年月」欄のとおり、順次建物を建築したことが認められるが、かかる販売方法は、観光客の増加につれ、鱒の養殖に派生して行われるようになったものであって、養殖の事業に付随する性質のものであり、本件土地を養殖場として使用するという従来の形態には変化のないことを考えれば、たとい右販売方法による割合が、県内出荷の方法に比し、大きくなったとしても、借地使用の主たる目的が鱒の養殖場のためであることに変化をきたし、建物所有が併せて主たる目的となったものと解することはできない。右のごとき事実関係のもとで、有信が右建物の建築に承諾を与えたことにより、借地使用の主たる目的に変更をきたすものでもない。
4 控訴人の主張の(5)について。一般論として、借地人が借地上にどの程度の建物を建築したかということは、借地法の適用の有無の判断(右1の冒頭部分参照)に関係がないわけではないが、右に説示した事実関係の認められる本件においては、控訴人の右主張は、前示判断に影響を及ぼさないものというべきである。
三 控訴人の、本件賃貸借の期間が満了していないとの主張について。
1 前述のとおり、本件賃貸借において、賃貸期間は一年毎に更新するものとするとの定めがあることは、当事者間に争いがない。そして本件賃貸借の契約書が作成されるに至った経過について、さきに認定したところ(二の2)によれば、右期間の定めをもって単なる例文と解するのは相当でない。ことに、右契約書の原案の第五項には「本契約の更新は特に地代無料の趣旨にかんがみ一年毎にこれを行うものとする」と記載してあるという経過によれば、一年毎に更新することは、当事者双方がその内容に従うことを意識して合意したものであることが窺われる。
そうとすれば、右約定により、一年が経過する毎に、双方が契約更新の合意をなすことが予定されていたわけであるが、本件に表われた全証拠によるも、一年経過後にかかる合意がなされたことを認めるに足りず(《証拠判断省略》)、もとより有信が控訴人の土地使用につき異議を述べたことは認められないから、民法六一九条一項により、爾後は期間の定めのない賃貸借になったものと解すべきである。
控訴人は、本件借地にコンクリート製の養成池などを設置しているのであるから、右期間一年の定めが、賃貸人において、文字どおり一年経過後直ちに借地の返還を求める趣旨で設けられたとすれば、右期間の定めの効力に問題がないわけではないが、本件ではそのようなことはなく、前述のとおり、本件賃貸借は期間の定めのないものとなったのであり、結果的には、当初から期間の定めをしなかった場合と同一に帰するものであって、右期間の定めは有効である。土地の賃貸借において、期間の定めのないものの存しうることは、民法六一七条一項の予想するところであって、これを無効とすべき理由はない。
2 賃貸借の期間を判断するに当っては、契約に表われた形式的な文字ばかりでなく、契約の内容、目的などから当事者の意思を合理的に解釈すべきことは、控訴人主張のとおりである。しかし、控訴人は、本件施設が、その耐用年数を知る有信の要請、賛同、了承のもとに設けられたことを理由に、期間は、昭和四四年九月から四〇年(民法六〇四条一項により二〇年)と主張するが、かような合意が明示又は黙示になされたことを合理的に認めるに足りる証拠はなく、又特別の規定なくして控訴人主張のような効果を認めることもできない。
四 右のとおりであるから、本件賃貸借は、被控訴人の解約の意思表示が控訴人に到達した昭和五〇年五月二八日から一年後の昭和五一年五月二八日の経過をもって終了したものというべきであり、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を収去し、本件土地を明渡す義務がある。
控訴人の権利濫用の主張は、次に述べるとおり、採用することができない。
前説示のとおり、控訴人は、本件土地を借地したのち、被控訴人の承諾を得て、逐次本件施設を建設し、事業を行ってきたのであるから、控訴人側において、なお賃借を継続しうるものと考えていたことは推認するに難くないが、前記二の2の認定事実に《証拠省略》を総合すれば、有信は、前記市長選の事情もあり、控訴人側の借地の申出を好意をもって承諾し、控訴人の事業の発展を願い、矢板市から補助金を交付するなどして応援したものの、一方において、土地の返還を求める時期を具体的にいつ頃と定めていたわけではないが、必要があるときは、土地を明渡してもらえる余地を残すため、控訴人側に強い土地使用の権原が生ずることを警戒する気持が働いていて、ついに賃料を受領することもなかったことを窺うことができる。又《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、本件施設の建設のために金一、〇〇〇万円を超える資金を投じ、その他稚魚、餌の購入などに運用資金を必要としたことは十分考えられるが、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、昭和三九年八月鱒の養殖を開始し、同年九月から出荷し、その後右賃貸借の終了に至るまで約一一年八か月にわたってその事業を行い、当初、昭和三九年九月から翌年三月までの売上げは、金一一六万円位にとどまったが、昭和四一年には年間の生産量一〇〇万匹、売上げ実績金一、二〇〇万円に及ぶ好成績を挙げたことが認められ、昭和四二年頃養殖中の鱒が全滅するという事故があったものの、間もなく再建し、その事業成績は順調に向上したことが認められる。加うるに、《証拠省略》によれば、被控訴人及び山縣睦らは、そのいわゆるスカンジナビアン・ビレッジ計画の実施として、本件土地に木工研究所を建築する必要があるため、控訴人に対し、本件土地の返還を求めていることが認められ、以上の事実関係のもとにおいては、被控訴人の本訴請求をもって権利濫用に当るということはできない。《証拠省略》によれば、被控訴人側では本件土地の周囲に約四五〇町歩に及ぶ山林を有していることが認められるが、この事実も右判断を動かすに足りず、他にも右判断を左右するに足る証拠はない。
五 よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、当審において訴の一部取下があったので、原判決主文第一項を主文第二項のとおり訂正し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 太田雅利 裁判官本間栄一は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉田洋一)
<以下省略>